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少年射殺事件 容疑者に多額の寄付

 フロリダ州での黒人少年射殺事件は、容疑者が丸腰の少年相手に「正当防衛」を主張し拘束もされなかった点で、人種差別かと全米に抗議の嵐を引き起こした。結局容疑者は事件から44日後に逮捕されたが、現在は保釈の身。今だ人権擁護団体や市民の間で抗議活動は続いているが、一方、容疑者を支援する人々も多い。容疑者は逮捕前ウエブサイトを立ち上げ、2週間で多額の支援金を集めている。

 2月26日、ジョージ・ジンマーマン容疑者は、フード付きスウェットシャツを着て住宅街を歩いていた高校生のトレイボン・マーティンさんを不審者と警察に通報。警察の警告を無視してマーティンさんの後をつけた。ジンマーマン容疑者は、小ぜりあいの際に「身の危険」を感じ、「正当防衛」でマーティンさんを撃ったという。しかし、マーティンさんが持っていたのはお菓子の小さな袋とアイスティーの缶だった。

 ジンマーマン容疑者の正当防衛説を受け入れ拘束さえしなかった警察に対しても、人種差別の非難の声は高まっていった。一時職を離れていたサンフォード警察署長は辞任。高まる世論の声に、結局ジンマーマン容疑者は、4月11日第2級殺人罪で逮捕された。

 20日の保釈金公聴会では、検察側は100万ドル(約8000万円)の保釈金を要求したが、容疑者の家族は払えないと判事に訴え15万ドル(約1200万円)に決着し、ジンマーマン容疑者は22日にGPSアンクレットをつけられて拘置所を出た。

 しかし、払えないとは言うものの、この時点ですでにジンマーマン容疑者は自身のウエブサイトで20万ドル(約1600万円)もの寄付を集めていた。そのウエブサイトは10日に立ち上げられ24日には閉鎖されているという。ジンマーマン容疑者の弁護士は26日にその事実を発表し、検察側は保釈金を上げるよう判事に求めたが、要望は退けられている。

 ウエブサイトはすでに閉鎖されているので見れないが、ネット紙ハフィントン・ポストによると、ジンマーマン容疑者はこのように書いていたという。「2月の出来事は私の人生を変え、急にメデイアにさらされることとなった。家も職場も生活すべてを失った。生活費と弁護費用を払うのに支援者からの寄付を期待している」。

 この閉鎖されたウエブサイトに代わって、同容疑者の弁護チームは新たなサイトを立ち上げている。そこで、弁護費用寄付を募っていくという。

 一方、犠牲者のマーティンさんの家族は、「マーティン基金」をネットで設立、広く寄付を求めている。この基金は公民権、社会正義への認識を高めていくのに使われるとしている。現在までで集まった金額は約27000ドル(約220万円)。

 ジンマーマン容疑者は2週間で20万ドルの支援金。集会やデモに繰り出した人々は、メデイアで大きく取り上げられてきたが、その陰でジンマーマン容疑者の支持者は寄付をしてきた。同容疑者のケースを正当防衛だと考える人も、またフロリダの新銃法を支持している人も多いということだろう。

 新法では、もし自分の身に危険が及ぶと判断すれば、逃げるというよりは相手に向かっていく権利を擁護している。一歩まちがえれば「正当防衛」という名で攻撃に回ることも可能となる。フロリダでは、この銃法が施行されてから、正当防衛による殺人が増えているという。同法を採っているのはフロリダ州だけではない。現在20州以上に同様の法が施行されている。

 最近全米ライフル協会(NRA)の副会長はミズーリ州で「毎日の犠牲者は有名にはならないが、扇情的な報道でフロリダのケースは有名となった。日常よくある悲劇の一つの余波で、私の電話は鳴りっぱなし」と発言した。

 銃による事件で犠牲となる人は多い。しかし、「日常よくある悲劇」で片付けられてはたまらない。銃が殺人を犯すわけではなく、犯すのは人間だ。とはいえ、銃を持たずにいれば防げた事件も多いだろう。悲劇を繰り返さない、毎日の犠牲者を減らす銃規制も、以前ほどには叫ばれなくなっているのが気がかりだ。

 

マクレーン 末子

ブロッガー。2000年に渡米、現在アリゾナ州に在住・・・続きを読む

4 responses to “少年射殺事件 容疑者に多額の寄付”

  1. masa

    さもありなんという内容だな、これが白人の中流家庭の子供が殺されたなら確実に容疑者は逮捕され裁判に即刻かけられ、ライフル協会の連中から哀悼の言葉などあの手この手でそれでも銃は必要なんだと一大キャンペーンが繰り広げられるか、突然どこかで黒人の暴動が起こりそれを市民が銃で対抗し沈静化したなどとメディア一面に出るかもね。

  2. masa

    なんとなく北欧の移民排除主義の男が銃を乱射し数十人を殺した上で正当防衛であると訴えている状況を思い起こさせる。自分の信条思想に沿って行ったことであり、それにそぐわない相手が悪いということなのだろうか。
    それにしてもアメリカという国は面白い国だ。自分のあるいは自分たちの正当性を何憚り無く主張する。もしかして本当は臆病な国なのではとも思う。臆病者は常に攻撃に対して敏感であり過剰な反応を示す場合が多い。相手より十分に力を持っていないと安心できないのである。自分より弱いものに対しては傲慢であり、圧倒的に強いものに対しては卑屈なまでに弱腰である。しかし、少々強いものには用意周到に相手を完膚なきまでに叩きのめすまで手を抜かない。
    アメリカだけではないのだろうが、アメリカの生い立ちから今日までのし上がってきた課程も同様な力関係による対応を感じる。
    私の勝手な妄想であるがいかがであろうか?

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